
【イベントレポート】「10→100のグロースを生み出す次世代事業開発」AIを活用した事業開発の最前線とは?
生成AIの進化が、事業開発の在り方を根底から変えようとしている今、10→100のグロースには何が必要なのか。
2025年4月22日、麻布台ヒルズ森JPタワーで開催されたイベント「各社のキーマンに聞く10→100のグロースを生み出す次世代事業開発」では、株式会社LayerX、株式会社IVRy、株式会社kubell、ラクスル株式会社の4社が登壇し、AIの活用をはじめ、BPaaS戦略、M&Aなどの様々な側面から事業開発の最前線が語られました。
AIという新たな武器をどう使い、成長をどう設計するのか。事業開発を担う方に向けて、そのリアルとヒントをお届けします。
登壇者
株式会社LayerX 上級執行役員 バクラク事業部長
牧迫 寛之 氏
大阪大学法学部卒。グリーに新卒入社しプロジェクトマネジメント、マーケティングに従事。14年よりGunosyに参画。新規事業開発室にて複数の事業開発を推進後、投資先であるインドネシア・ジャカルタの事業会社にてVP of Productとして3年間ハンズオン支援を行う。帰国後の18年よりLayerXに参画、2019年執行役員就任。ビジネスサイドの責任者としてバクラク事業の立ち上げを担当。
株式会社IVRy VP of BizDev
宮原 忍 氏
2006年、日揮株式会社に新卒入社。エンジニア職として情報システムの企画・開発・プロジェクトマネジメントからグローバルIT戦略の策定と実行を担当。 2011年、株式会社リクルートに入社。不動産・住宅領域サービスの企画・開発・運用部門の戦略立案から実行マネジメントならびに周辺領域における新規事業の立ち上げ・グロース、中長期経営計画に基づくR&D戦略の策定と実行を担当。 2017年、株式会社プレイドに入社。執行役員として、SaaS領域において事業開発からプロダクトマネジメント、アライアンス全般をリードし、東証グロース市場上場に貢献。2023年、株式会社IVRyに事業開発責任者(VP of BizDev)として入社。対話型音声 AI SaaS「IVRy」を軸とした事業開発案件の創出と実行に加えて、将来の理想像からバックキャスティングした際の全社課題を解決していく役割を担当。
株式会社kubell(旧Chatwork株式会社) 執行役員 兼 インキュベーションディビジョン長
桐谷 豪 氏
大学在学中より創業フェーズのスタートアップに参画し、ジョイントベンチャー設立や複数事業の立ち上げに従事し、ユニコーン企業へ。その後、AI系ベンチャーである株式会社ABEJAへ入社し、データ関連サービスの事業責任者を担う。2020年10月にChatwork株式会社(現 株式会社kubell)に入社し、BPaaSのサービス立ち上げ責任者を務めたのち、2024年1月より執行役員に就任。インキュベーション領域を管掌し、新規事業の推進とR&Dを担当。
ラクスル株式会社 / 執行役員 /ラクスル事業本部Marketing & Business Supply統括部統括部長
木下 治紀 氏
東京工業大学大学院 電子物理工学専攻 卒業。
2016年にラクスル株式会社に新卒1期生として入社。印刷事業での事業開発・DM事業責任者を担当した後、RAKSULグループ初のM&Aとなる株式会社ダンボールワンへ出向し取締役COOとして事業統括。2023年8月より、ラクスル株式会社の執行役員ラクスル事業本部Marketing & Business Supply統括部統括部長に就任。
各社のAI活用・事業開発の現在地
今回のイベントは、AI x 事業開発、BPaaS x 事業開発、M&A x 事業開発の大きく3つのテーマに沿ってディスカッションが行われた後、参加者からの質疑に応える形で行いました。

Q:多くの会社が“AI活用”を声高に叫び始めています。実際どんな形でAI活用を進めていくのか、経緯やきっかけについて教えてください。
牧迫(LayerX):
LayerXがSaaS事業を本格始動したのは2021年。その初期から「AIを使うのが当たり前」という前提でプロダクト開発が進んでいました。また、バクラクシリーズの一部では、業務効率化のためにAI-OCRの仕組みを導入し、「AIが普及した世界でSaaSを再定義するなら、どうあるべきか?」という問いからサービスを立ち上げていきました。
LLM(大規模言語モデル)に取り組み始めたのは約2年前。きっかけはCTO松本の一声でした。当時「これからはAIの時代だ」と経営会議で突然言い出し、「まずはLLMラボを立ち上げさせてくれ。事業化できるかはわからないけど、挑戦したいんだ」と。そこまで言うならということで研究開発をスタートし、現在のLLM関連事業へとつながっています。
社内の活用としては、インサイドセールスの現場におけるSalesforceやセールスポータルの横断的なデータ取得にAIを活用しています。即時に情報を引き出す仕組みが整備されており、新入社員も含めた業務理解の促進に役立っています。当社では8つのプロダクトを展開していますが、その分「どのプロダクトの最新情報がどこにあるかわからない」という課題も増加。そうした中で、AIは不可欠な存在です。社内では「セールスポータルが止まれば、会社も止まる」と言われるほど、AIが日常業務に深く根付いています。
木下(ラクスル):
そのようなAI活用や推進は、トップダウンで行われてきたのですか?
牧迫(LayerX):
社内へのAI活用の促進には、代表(代表取締役CTOの松本)の強いリーダーシップが影響しているように思います。代表は当時、夜遅くまで海外の論文を読み込んでいて、「これが使える、これが良い」と明確に方向性を示し、事業の立ち上げを自ら起案し現在のAI LLM事業に繋がりました。
ただし、LayerXの経営は、「大きな山がきそうなところを狙って、登り方は走りながら考える」スタイル。サービスへのAI導入についても、先に課題があり、それに合わせてフローを設計する、という流れが多いです。
宮原(IVRy):
私がIVRyに関わり始めたのは2021年。前職のプレイド在籍時に投資家として関与したのが最初の接点でした。代表の奥西と将来の事業構想を議論する中で、「いずれ非常に優れたAIモデルが登場し、自社でゼロから開発する必要性が薄れるかもしれない」と語っていたのが印象に残っています。その約1年後にGPT-3.5ベースのChatGPTが登場し、「本当に来たな」と実感したことを今でも覚えています。
こうした背景を受けて、IVRyでは対話型音声AIという領域への注力を開始しました。現在Principal AI Engineerを務める花木(米Google本社でGoogleアシスタント開発に携わった日本人エンジニアとしての経歴を持つ)が参画し、飲食店におけるコース予約の自動化など、音声対話で完結するソリューションを開発。特許も取得しています。
その後は、音声データの解析・可視化を含む周辺領域にも取り組み、AIを活用した実用的なプロダクトの開発を進めてきました。
私たちがAIの社会実装において主戦場としているのは、「法人コミュニケーション」の領域です。2024年には、FAX業務の効率化を目的とした「IVRy AI FAX」をリリースしました。音声領域で培った非構造化データの処理技術をベースに、紙ベースのFAXに含まれる業務情報を構造化・自動化することを目指したものです。
FAXは画像データであるがゆえに、テキストよりもデータ化が難しく、かつ音声よりは処理しやすいという特性を持ちます。特に建設業や物流業、製造業を中心に、受発注や確認業務においてFAXが依然として根強く使われているという市場実態を捉え、競合の少なさも踏まえて事業化に踏み切りました。
IVRyの新規事業開発では、AIエンジニアがGPTやGeminiなどのAIモデルを比較検証し、用途や課題に応じた技術選定を行っています。開発の出発点としては、技術への好奇心や着想が起点になることもありますが、最終的にはそれが事業として成立するかどうかを厳密に見極めます。
「技術ドリブン」「課題ドリブン」の両面のアプローチを取りつつも、現在はおおよそ8割が「ビジネスドリブン」——すなわち顧客ニーズと市場性に基づいた判断が中心です。
現在、IVRyでは7つの新規事業を並行して推進しています。本音を言えば、着想したアイデアはすべて形にしたいところですが、組織のフェーズやリソース状況を踏まえ、優先順位を明確にしながら選択と集中を行っています。
BtoB SaaSにおいては、単にプロダクトを開発するだけでは事業は成立しません。技術面に加え、セールス、カスタマーサクセス、オペレーションといったビジネス側の体制構築が、中長期的な成長の鍵を握ります。IVRyでは、それらのケイパビリティを総合的に見極めた上で、「もっとも勝ち筋のある領域」に対してリソースを投入しています。
また、単一事業の成長だけでなく、事業間の連携によって新たな価値が創出される領域にも一定のリソースを投下しています。短期成果と中長期のポテンシャルの双方を意識した、ポートフォリオ型の事業推進が重要だと考えています。

桐谷(kubell):
事業としてのAIとの向き合い方、組織としての向き合い方、両面からお話しできればと思います。
事業としては、まさに、BPaaS事業がAIエージェント的な世界観を前提として立ち上げた事業です。ChatGPTがリリースされたのが2022年の11月末。そのリリースを受けて翌週の経営会議でBPaaSの事業開始の承認を得て、年明けの1月16日にはクローズドでローンチしました。今はBPOがAI時代の大本命だと言われ始めましたが、おそらく最も早くこの領域に参入できたのではないかと思います。
組織的な話は、例えばエンジニア以外のケースを挙げると、事業開発のメンバーが日常的にCursorでコードを書いたり、v0でモックを作ったりしており、新卒のビジネスサイドのメンバーも、Claudeで自ら業務効率化アプリを開発・運用するなど、社内のあらゆる場面でAIはごく自然に活用されています。
こうした文化をつくるうえで、AIへの強い関心を自ら公言することも大切にしてきました。具体的には、「もともとAIやるなら絶対にChatworkが日本で一番面白いと確信して入社してきた」と周囲に伝え続けていたり、自分で使い方やユースケースをその場で教える事もあります。
過去の歴史を見ると、インターネットシフト、スマホシフト、クラウドシフトといった技術的な転換点に、多くのエクセレントカンパニーが産まれ、新たな価値を生み出し、そこに携わった人たちが「本当に楽しかった」と言っていたのも聞いていたんですよね。自分は31歳なので、彼らは少し上の世代でずっと羨ましかったんです。でも今回のAIの波はインターネットの登場を超えると言われています。「本当に幸運だし、ピュアにこの技術的革新が起こっている歴史の転換点に立ち合えて興奮している」という思いも、楽しくポジティブに周囲に伝えています。
一方で、こういった技術的な変化を組織に定着させるには、トップダウンでの強い推進力も必要です。そのため、「AIを使える人と使えない人で残酷なくらいに明確な差が生まれている」という議論もしています。その中で、ビルゲイツが言っている「Sink or Swim(=泳げない者は沈めば良い)」という、ある種ショッキングな言葉を引用し、ビジネスパーソンとしての選別がすでに始まっているという現実も共有しています。
強い表現なので賛否両論あると思いますが、自分はこの現実を伝えない事こそが不誠実だと考えていて、使えない人を切り捨てるわけではありません。ボートや浮き輪のような支援策や学びの機会も提供し、AIを使えることでどれだけ仕事が楽しく、可能性が広がるかを実感してもらえるようにしています。そのうえで、「組織として危機感を持つ事」「ポジティブに引っ張っていく事」「トップ自らが使って示す事」という3つの姿勢を徹底するようにしています。
木下(ラクスル):
AIの活用を推進するために、評価や目標として明文化することについては議論もありましたか?
桐谷(kubell):
議論していない訳ではありません。個人的にはこれを目標設定にするのって「少しダサいよね」という感覚は正直あります。だって、Excelを使えるようになること自体を目標にはしないですよね。
人員計画や予算にも大きく影響を与えています。たとえば「このSaaSって本当に必要?」「この業務、AIでできるんじゃないか?」といった議論が日常的に交わされており、社内での意思決定の前提もどんどん変化しています。
BPOベンダーとどう向き合う?AIとBPOの共生を目指して
Q:参加者の皆さんからは「BPOの大手ベンダーとどのように向き合う?」という質問を多数いただいています。いかがでしょうか。
牧迫(LayerX):
私たちは、むしろBPOが手をつけていないような細かい経理業務、たとえば「請求書の受領とスキャン」といったところから着手しています。最近の請求書はダウンロード形式で届くケースや、ID・パスワード入力が必要なものが多く、手作業が求められるためBPO業者が対応しにくい領域です。そうしたプロセスの“隙間”に着目し、まずはSaaSの隣接領域において代替できる業務から解きほぐしていく、というアプローチを取っています。
宮原(IVRy):
国内のコールセンター市場は約3兆円規模とされており、大きくインハウス(自社内でのコールセンター運用)とBPO(外部の専門企業への委託)に分かれています。ただ実態としては、「インハウス」と位置づけられていても実際のオペレーションはBPOベンダーが担っているケースも少なくありません。
こうしたBPO構造には、依然として複数の課題が残っています。特に、業務の非効率さが温存されている背景には、人的リソースの提供をベースとする収益モデルが存在します。オペレーター数に比例して収益が拡大する構造のため、業務の自動化や効率化が進みにくい側面があります。
一方で、クライアント企業にとってコールセンターは多くの場合「コストセンター」と捉えられており、限られた予算の中で顧客体験を損なわずにコストを削減したいというニーズが強まっています。たとえば、電力・通信・公共インフラのほか、保険や金融、小売チェーンなど、大量かつ定型的な問い合わせが発生する業種では、「つながりやすさ」や「手続きの簡便さ」自体が、事業運営上の重要な改善テーマとなっています。こうした業種では、ユーザーの問い合わせ内容の大半がFAQに近く、受付から初期対応までのプロセスをいかにスムーズにするかが、業務効率と顧客体験の両立に直結します。
このような構造的なギャップに対して、私たちはAIの活用によって、より持続可能で効率的な運用モデルへの転換を支援しています。ただし、導入意欲が高いのはむしろクライアント企業側であり、BPOベンダー側では、既存の収益構造との整合を理由にAI活用に慎重なスタンスを取るケースも見受けられます。
それでも私は、「中長期的には正しい方向に社会は進んでいく」という前提に立っています。実際、BPOベンダーの経営層も、AIと人間が補完し合うハイブリッド型の運用体制が今後の主流になるという点では一致しています。

たとえば「ログインできない」「パスワードを忘れた」といったよくある問い合わせは、toC向けの電話業務で頻出しますが、対応フローが明確なためAIによる自動応答が十分に実用的です。ユーザーが本当に求めているのは「人が対応すること」ではなく、「速やかに問題を解決できること」であるため、むしろAIによる即時対応のほうが満足度につながるケースも少なくありません。
一方で、百貨店の外商や高価格帯商材の電話業務のように、きめ細かい対応と高度な関係構築が求められる領域では、人による対応が不可欠です。このように、業務ごとにAIと人の適切な役割分担を設計することで、現時点でもコールセンター業務全体のうち、およそ半数はAIでの対応が可能と見ています。
その実現に向けては、BPOベンダーとの信頼関係構築と、段階的な成果の積み上げが重要です。私たちは現在、その実装フェーズにあり、まさに構造の転換を現場から推進している最中です。この過程には難しさもありますが、それ以上に大きな変化の可能性と意義を感じています。
桐谷(kubell):
弊社も大手BPOベンダーと意見交換させてもらっています。たとえば、最大手クラスの役員の方々とお話しすることもありますし、実際にセンターの現場を見学させてもらったこともあります。彼らとしても、僕らが何をやっているかを知りたいっていう気持ちはあるんですよね。だから、kubellがある意味で彼らの「情報収集の場」になっているという側面もあるように感じます。
僕らが今取り組んでいるのは、既存の大手BPOベンダーが手を出しにくいSMBをメインターゲットとしているので、現段階では競合というより、良い関係を保てていると思います。
また、先ほど宮原さんから、AIと人間の共存についてはお話があったように、「人とAIの役割分担ってどうしてるんですか?」という質問もよくいただきます。これは実際のところ、ユースケースの特性やワークフローの種類によって大きく異なります。
たとえば「Human in the Loop」のように、人の判断が必要になるケースもありますし、「Human on the Loop」のような運用もある。つまり、AIで完全に代替できる業務や、AIと人が互換的にやる業務と人が介入する順番など様々なベストプラクティスがあります。
また、人とAIの役割分担については、業務の性質によっても変わります。カジュアルな業務かシリアスな業務かという軸は整理として有用です。たとえば、100%ミスが許されない業務なのか、多少の誤差が許容される業務なのか。顧客に提供するものなのか、バックオフィス業務なのか。B向けかC向けか。そういう違いで、「どこに人が関わるべきか」という判断が変わってきます。
宮原(IVRy):
現時点において、大手BPOベンダー各社が一律に「AIへのシフト」を積極的に意思決定しているわけではありません。ただし、経営層の一部では、「現在のモデルをこのまま継続するのは持続的ではない」という問題意識が顕在化しつつあります。
一方で、AI活用に対する関心はあっても、既存事業とのバランスや組織全体の方針との整合をどう取るかに悩まれているケースも散見されます。私たちの側が一方的に“あるべき論”や技術的な最適解を提示するだけでは、実装の主体である相手企業が最終的に判断と責任を引き受けなければならず、結果として意思決定が停滞してしまうリスクもあります。
だからこそ、私たちBizDevの役割として、相手の組織内での意思決定の構造や制約条件を正確に把握し、共に着地可能な選択肢を描くことが求められます。当たり前のことのように見えますが、実際には非常に繊細かつ高度なバランス感覚が必要とされる部分です。
木下(ラクスル):
いわゆる典型的なイノベーションのジレンマですよね。変化が必要なことはわかっている。でも、変わるのが難しい。それが僕らにとってはチャンスにもなり得ると思っています。これからの成長に向けて、AIを活用していける余地はまだまだありそうですね。
牧迫(LayerX):
ちょうど今日大手企業の方と話していたときに、コールセンターの話になりました。その中で「派遣スタッフが全く採用できない」という話を聞いたんです。2040年までに労働人口が1,100万人減るという社会的な問題もあるし、コールセンターはクレーム対応等もハードなので、求人を出しても人が集まらない。結果的に採用単価や人件費が上がりすぎてしまい、「社内でやったほうが安くなるんじゃないか?」といった議論になってきているそうです。
これは、AI化にすごくフィットする流れですよね。単に僕らにとってチャンスであるだけではなく、BPOベンダーにとっても利点がある。アプローチ・登り方はそれぞれあると思いますが、誰かが解決しなければならないという転換点に来てるんじゃないかと感じています。
コンパウンド戦略における自社アセットの活用

Q:各社、コンパウンド戦略を持っています。自社が持っている固有のアセットをどのように生かし、コアとしながら成長戦略を描いているのか。また、各社が一様にAIを活用していく中で、どのように勝ち筋をつくっていくのかを教えてください。
桐谷(kubell):
コンパウンドやマルチプロダクトにおいて、いくつか重要なポイントがあります。ひとつは開発生産性の向上。コンポーネントを共通化しましょうという話でこちらはよく語られています。
一方でセールスに関する考え方は重要性な割に語られていません。RevOpsという言葉で最近は整理されることも増えてきました。実はBPaaSの事業を領域をあまり狭めずにホリゾンタルに展開しているのもこれが理由です。セールスにおけるフック商材という概念は割と広く浸透していますが、BPaaSの事業はいわば“拾いにいく型”のサービス提供ができています。つまり、他の商材で失注したリードをBPaaSであれば受注ができるので、グループ全体としてのCACの許容度が上がり、他の会社が踏み込めないゾーンまでセールス・マーケを踏み込むことが可能になります。見えないモートを築くことができます。
この秀逸性を支えるのが、従業員データベースです。デモグラフィックデータだけではなくサイコグラフィックデータも重要だと考えています。特にSMBの意思決定は最終的に個人が行うため、「誰が」「どの部署で」「どういう役職で」「いま何に困っているのか」を正確に把握する必要があります。toBの世界においても1to1マーケティングが可能になります。
たとえば、「Chatwork」内で「この人は経理だ」とわかり、月末にその人のタスクが溜まっている状態が可視化できれば、「その処理をお手伝いましょうか?」とチャット上で提案できます。文脈理解に基づいた提案が可能になることが、私たちの大きな強みです。
従業員データベースの構築には様々な方法があり、一定のハードルもありますが、プロフィール情報の取得、発言内容のテキスト分析、あるいは「法務に詳しいbot」などを「Chatwork」内に配置し、その利用状況から関心領域を把握する――そういったアプローチを検討しています。
宮原(IVRy):
プレイド在籍時にIVRyへの出資を検討した際、特に注目したのは、「電話というチャネルを通じて法人の音声データをどこまで構造化・利活用できるか」という点でした。
ちょうど正式リリースから1年が経過したタイミングで、IVRyは病院・クリニック、企業の代表電話、飲食店、美容院、EC事業者など、20業種以上に導入が広がりつつありました。音声チャネルの利便性と業務自動化ニーズの高まりを背景に、定型的な電話応対業務に対するソリューションとして評価され始めていたと記憶しています。
日本には約420万社の中小企業が存在しますが、IVRyはその広大なSMB市場に対し、圧倒的な低価格と実用性の高い機能をもって提供できるポジションにありました。この市場でスケーラブルに展開できれば、日々の業務の中で自然に蓄積される膨大な音声データが、事業やプロダクトの成長基盤そのものになり得ると考えたことが、出資判断の中核にありました。
実際、現在では3万アカウント超の導入実績があり、電話自動応答システムとして最後発ながら、導入シェアNo.1というポジションを確立しています。ここまでは、当初の仮説に近いかたちで着実に事業が進展していると認識しています。
ただし、私たちが目指しているのは単なる「電話業務の効率化」にとどまりません。蓄積された音声データを解析・可視化し、そこから業務課題やエンドユーザーの潜在ニーズを捉え、プロダクト改善や業務設計の高度化につなげていく。このようなデータ活用のサイクルを継続的に回すことこそが、本質的な価値だと考えています。
音声は非構造化データであるがゆえに扱いが難しい一方で、正しく整理・解釈することができれば、業務現場の実態を最も正確に反映した情報資産になり得ます。
この「未整理なデータを、事業価値に変換する」という構造自体に、私たちの競争優位性があると考えています。

牧迫(LayerX):
まずSaaS全体を見ると、一般的な成長モデルや集合知はかなり溜まってきていると感じています。弊社でも、たとえばARR(年間経常収益)を1億円くらいまでどう伸ばすかという課題に対して、様々なターゲットに向けた施策を試してきた結果、受注率20%程度が見えてくれば一定の成長は見込めるという見立てができつつあります。
その中で特に注目しているのが、クロスセル率(他サービスの付帯率)です。これが見えてくると、単体プロダクトをきっかけにして、いずれは複数サービスを横断的に提供するプラットフォームに育てていける。
一方、BPaaSの文脈での話をすると、弊社の強みは、企業の「お金の出入り」に関するデータを集約しているという点にあります。給与計算・請求書・支払処理などに関わる情報は、実際の会計処理よりも一歩手前、意思決定や実行段階のデータです。
つまり、「誰が・いつ・いくら・何にお金を使ったか(使おうとしているか)」の情報がリアルタイムで取れるプラットフォームになっていて、それを通して「この企業はどういうSaaSを使ってるのか」「どういう形で業務をアウトソースしているのか」といったことが俯瞰して見えてくる。
こういうデータがあれば、「この業務領域はこういうプロダクトを当てれば勝ち筋があるんじゃないか?」という仮説を立てながら戦略を組むことができますし、データがすべての起点になるという意味で、非常に重要だと考えています。
これからのM&A戦略。M&AにおけるBizDevの役割とは

Q:各社、M&Aについてどのような戦略を描き、体制を整えているのでしょうか。
木下(ラクスル):
当社では、M&Aを成長戦略の一つとして位置づけており、中小規模の案件をコンスタントに実行していく「プログラマティックM&A」という戦略を取っています。2年前にM&Aの専門チームを立ち上げ、現在では年間5-6件のペースで実行しています。
M&Aはグループに参画いただく企業を探すソーシングと、グループ参画後のPMI(経営統合)プロセスに分かれますが、それぞれどの様な取り組みをしているかをご紹介します。
まず、当社におけるM&Aのパターンは大きく3つあります。
1つ目は「プロダクト拡張型」。たとえば、当社をご利用いただいているお客様に関連する領域の企業にグループに入っていただくことで、顧客価値の最大化を目指します。
2つ目は「垂直統合型」。当社は基本的にファブレスモデルですが、一部領域では、生産イノベーション、収益の最大化を目的とし、直接的に工場を保有しているケースがあります。たとえばラクスルファクトリーという子会社では、世界でも最先端のデジタル印刷機を導入して、生産性を10倍にする取り組みを進めています。
そして3つ目は、「ロールアップ型」です。印刷会社さんや広告代理店さんにグループに参画いただいたうえで、当社のプラットフォームやテクノロジーを使って、サービスやオペレーションを両社でデジタル化するバリューアップを行います。
ソーシングでは、主にこの3つを基本路線として、RAKSULグループに参画いただける企業を探します。M&Aチームが主導して進めるケースをメインとしながらも、各事業領域の責任者からも「この会社さんと是非一緒に事業をやりたい」と提案が来ることもあります。
M&Aは会社間の「結婚」のようなものですので、経済面での交渉などはもちろんありますが、RAKSULグループに参画いただいたことで両社で良い未来が描けるか?というのを対話の中では大切にさせていただいています。
グループに参画いただいた後は、PMI(経営統合)のプロセスに入るわけですが、ここも大きく3つのステップで実行をしています。
まず1つ目は「会社統合」のプロセスです。当社も上場していますので、会計や人事、ガバナンスなど基準をある程度合わせなければいけません。これは、経理・人事を含むコーポレート側が主導し、PMIの初手として実行しますが、おおよそ3か月ほどで整備をし、一緒に経営をしていける状態を作ります。ここはある程度型化が進んできており、以前と比べるとスムーズに実行できるようになってきました。
次に行うのが「コスト効率化」のプロセスです。これはよくイメージされる人員の整理のようなものではありません。当社のスケールメリットを生かして、資材の仕入れやシステムコストなどの見直しなど、自社独自のプラットフォームを活用いただくことでメリットを享受いただけるところを両社で探して、効率化していきます。
そして最後に「事業成長」を創出していくフェーズになります。ここが一番難しいですね。当社の顧客基盤やマーケティング力を活かしたサービスの送客を初手として、より良いサービス創りを目指して、事業開発やプロダクト開発を一緒に強化していきます。
各ステップで、適切かつ信頼していただける人材を派遣し、事業成長にフルコミットしていく形をとっています。
桐谷(kubell):
僕らの会社でもBPaaSはone of themと捉えていて、もう一段上流の考え方としてSMBのバンドリングをする為の手段として見ています。なので、BPaaSはSMBの共通機能をバーチャルにセントライズして効率化する事で自分たちがプレイヤー側に回るというロールアップと同じ概念で整理しています。
一方で、連続的なM&Aを実施していくにあたって海外や日本のロールアップを主戦略としている企業をリサーチすると、バリューアップをシステマティックにやるというのはあるかもしれないものの、入り口の時点で一定の勝負はついていることも多い印象を受けます。どの領域に焦点を当てるか、またその領域に対してどのように交渉を進めていくかは重要で、判断の難しいポイントでもあると思います。
ラクスルでは連続的なM&Aを生むために、どのような工夫をしているのでしょうか。
木下(ラクスル):
先ほどお話した通り、どの会社にグループに参画いただくべきかは事業戦略の整合性と両社で創出可能なシナジーを重視しています。
また、テクニカルな話としては、領域、シナジーの幅などを見つつ、バリュエーションを決めていく形になりますが、最終的に重要なのは、やはり経営者との対話です。経営者にとっては、自分の”子ども”のような存在である会社と当社が一緒になることが、会社にとっても従業員にとっても本当にベストな選択だと心の底から思えるかどうか。そのくらいの温度感で相手の想いや未来像を丁寧にすり合わせるようにしています。
我々としてはフェアバリューを基本としつつ、自社のアービトラージ(差益)を活かせる構造であれば、納得感のある形でM&Aが実現できると考えています。

宮原(IVRy):
ラクスルでは、M&AにおいてBizDevがどのような役割を果たしているのでしょうか?
木下(ラクスル):
M&Aした会社に、経営者としてBizDev自身が入り込んでいきます。そこで求められるのは、「売上総利益をどう伸ばすか」「EBITDA(利払い・税引き・償却前利益)をどう改善するか」といった、非常にシンプルかつ本質的な経営課題です。
私が最初に任された案件では、「ダンボールワンのPMI(統合プロセス)をよろしく」とだけ書かれた紙を一枚渡されたところから始まりました(笑)。正直、何をすればいいのかゼロから模索するような状況でしたが、実はそういうケースが一番多いのかもしれません。他にも、「ハンコヤドットコムをグロースさせてください」とか、「この印刷会社を売上2倍にする成長戦略を描いてください」といった依頼を受けて、現場に入って伴走していくこともあります。
やっていることのイメージとしては、スモールからミッドキャップのPE(プライベート・エクイティ)ファンドが経営に深く関与するような、ハンズオン経営に近いのかなと思います。

本編の後、参加者への質疑応答を行い幕を閉じた本イベント。登壇者・参加者・モデレーターの相互コミュニケーションを通して、急成長を遂げる4社の事業開発の裏側が明らかになりました。
ラクスルでは、BizDevとして一緒に事業を成長・変革させていける仲間を募集しております!ぜひ一緒に成長していきましょう。
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・事業責任者候補(ラクスル事業・事業開発OPENポジション)
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・SaaS BizDev/事業開発
https://hrmos.co/pages/raksul/jobs/rksl930q
・BizDev(ハンコヤドットコム)
https://hrmos.co/pages/raksul/jobs/rksl1074q