働き方とメンバーのやりがい向上こそがESGの推進に。 建前だけではない、実態を伴うダイバーシティに向けて
2021年に入り、企業のESGへの関心が一層高まっている。ESGとは、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)の頭文字を取った言葉で、企業の長期的な成長のためには、この3つの観点から事業機会や事業リスクを把握する必要があるという考え方だ。ラクスルはESGを通して、どのように社会、そしてメンバーの働く環境を見つめ直そうとしているのか。
▼鼎談参加者
取締役CFO 永見世央(Yo Nagami)
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経営管理部 ESG担当 石田朝子(Asako Ishida)
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社外取締役 森 尚美(Naomi Mori)
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社外取締役 宇都宮純子(Junko Utsunomiya)
ラクスルが目指してきた
“より良い社会”をつくれる会社
——ラクスルではこれまで、ESGについてどのような取り組みをされてきたのでしょうか?
永見世央(以下、永見) もともと「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」というビジョンを掲げている会社なので、社会をより良くしたい、という思いは強くありました。例えば「S」の部分では、数年前からNPO法人の方々に印刷の割引サービスを行ってきましたし、昨年はハコベルを活用してコロナ禍の医療施設へのマスク配送を無償で行いました。また、「G」についての意識も上場以前から高く、早期から社外取締役の方々に参画いただき「経営の透明化」には努めてきたと思います。
ただ、これまでは一つひとつが単発の取り組みになっていて、会社の存在価値を高めるために何が重要なのか、という全体像が薄い印象がありました。そこで今、ラクスル全体として改めてESGの取り組みを強化しているところです。
森 尚美(以下、森) 会社の初期の頃、まだESGという言葉が注目される前から社外監査役として参加させていただいていますが、振り返ると、ラクスルはその当時からESG文脈で評価されるような取り組みを自然と行っていました。「E」の部分においても、ラクスルのギャンギング(異種多面付け)による効率的な紙資源の利用や、ハコベルの配送業務の効率化によるCO2排出量の削減など、もともとビジネスにおける優位性を高める取り組みだったものが、結果としてエネルギー削減につながっている―事業そのものがESGにつながっている会社だったんだなと実感しています。
「S」の観点から見ても、ラクスルの女性比率の高さは特筆できるのではないでしょうか。CS部門やDTP部門の立ち上げの際には女性が参加してくださっていて、その方たちがあとから参加したメンバーのサポートも担ってくれたからこその成果だと思います。そのほか外国籍の方の採用や海外拠点の立ち上げ、障がい者雇用など、わざわざ「社会のために何かをする」ということではなく、目の前の課題を解決することが結果としてESGの取り組みにつながったという部分も大きいと思います。
宇都宮純子(以下、宇都宮) 私は上場直後から参加させていただいていますが、ガバナンスへの意識は非常に高いと感じています。今年に入ってESGに本腰を入れ始めた企業は多いのですが、なかでもラクスルはもともと仕組みづくりが得意な会社なので、常に経営の仕組みは見直していますし、ESGの取組みもこれまでの漠然とした取組みから全体として意味を持たせるため、ものすごい勢いで取り組んでいるという印象です。プラットフォーマーですから、ラクスル の行動が影響を及ぼし得る範囲も大きい。だからこそ、今後の変化にも期待しています。
もう少し力を入れなければならないのではないかと思うのは、女性管理職の増員です。特にラクスル事業においては、お客様が女性であることも多いでしょうから、サービスを提供する側にも、顧客視点で意思決定できる女性がいたほうがいい。また社員に女性が多いので、管理職にも女性社員の目線を持てる人が必要です。その点においては、頑張ってほしいと思いますね。
多様な活躍の場を目指して
キャリアプランの明確化が鍵
——女性の管理職を増やしていくためには、福利厚生などを含めた働き方についてのサポートが重要なのではないかと思います。他社と比べて、制度面でのバックアップ体制についてはどのような状況なのでしょうか?
石田朝子(以下、石田) 今年の2月にラクスルに入社したのですが、率直に福利厚生や社内制度がとても整っているなと感じました。前職の会社には創業時から参加していたこともあり、初めて育児休暇が必要になった社員が私で、0から制度をつくるような状況でした。今後、ライフステージに応じて必要になり得る制度も含めて、すでに用意されている環境はありがたいなと思います。
永見 もともと女性の社員比率は4割を超えていて、加えて海外のメンバーも参画してくれているので、実態としてのダイバーシティをより重要視していく必要があるなと感じています。では、具体的にどういった部分を強化すべきか。大きくふたつあると考えており、ひとつはグローバルダイバーシティにおけるコミュニケーションの障壁、つまり言語の壁を取り払う必要があります。そのために、英語の先生に常駐してもらったり、翻訳を担うメンバーがいたりといった取り組みは行ってきました。そしてもうひとつは、ジェンダーダイバーシティですね。女性社員の比率は高くても、管理職比率で見ると1割に満たないのが事実です。2~3年後の目標として、女性管理職の比率を2~3割にまで引き上げていきたいと考えています。そのために、女性社員向けのメンタリングやコミュニケーションの場を設けるなど、試行錯誤しています。
勤務時間で勝負する会社ではないので、質やアウトプットで勝負できる環境を整えることが、ジェンダーに関係なく重要だと考えています。そのなかの一つとして、育児をしている社員の場合は、集中できるときに集中できる環境を用意することが大切だと思っています。そのためのベビーシッター補助金や育児休暇などを整えてきました。それは、男女関係なく同じ思いを持っており、配偶者の出産休暇、男性の育児休暇も推奨しています。
——初期の頃からそばでその変化をご覧になってきた森さんから見て、福利厚生面の変化はどのように感じていらっしゃいますか?
森 社員の歴史が福利厚生の歴史だと思っているんですね。私が入った頃は、ラクスルって独身の方が多くて、これから家族を持つという方が多かったんです。当時は会社もお金がなかったですし、福利厚生も若い人たち向けのものでそこまで充実していたわけではありませんでした。会社が成長し、オフィスが虎ノ門から目黒に移動した頃には、オフィスから2駅内に住むと家賃補助がつくようになって、それもメンバーに子どもができて住まいに関する考えも多様化してからは資産形成のための持株制度ができたりと、どんどん進化していきました。長期目線で、会社に長く勤めてもらうための制度を、福利厚生として提供できるようになったと思います。
石田 いくら制度が整っていても、それがラクスルにフィットしているかどうかが重要だと思っていて、時代や会社ステージに合わせて、社員が働きやすくなるかを機動的に考えているのは素晴らしいなと思っています。育児休暇をはじめ、制度を積極的に利用しましょうという風潮があるのもいいなと。ただ、一方でその制度を利用した人が、育児休暇は取りやすいけど、活用したあとに不安を感じるのは少し違う課題になるのかなと感じています。
それは利用する人だけでなく、サポートする周りのメンバーも同じで、例えば時短で働いていた人が、限られた時間のなかで生産性高くやるべきことに向き合うなか、意図せずやるべきことができなかったら? やるべきことをまっとうするなか、時間外の部分でほかに評価基準を設けられていたとしたら? 「不公平」「理不尽」という感情が生まれないようにするために、会社として評価を明瞭化していく必要はあると思います。
宇都宮 私も同感です。今はフレックスが導入されて、かつコロナの影響でリモートが進んだので、時間を上手に使う環境は整ってきていて、その点は、プラスに働いているはずです。ただ、どうしても業務時間外で何かが起こるということに対して、時間に制約がある人は対応が厳しい。気持ちの面で、本人は引け目を、周囲は不満を持つかもしれない。いざ女性を管理職登用しようとしても、管理職になれば緊急時には時間関係なく対応しなければいけないかもしれず、そんなことができるのか、と不安に思う人もいるかもしれない。制度も重要ですが、困ったときはお互い様というような文化を浸透させることも必要かもしれません。
それ以外に、会社として具体的に何ができるか。ひとつは、評価の方法を明らかにして、これができればステップアップするよというのを明示することで不満や引け目を解消する。そしてもうひとつは、ロールモデルをつくることです。女性の管理職が少ないので、ステップアップにおけるモデルが少ないと思うんですよね。中長期でのキャリアプランを示していって、ライフステージとしてどうなるかを共有できれば、安心感も出てくるのではないかと。この点は、男性も同じではないでしょうか。
——ラクスルのESGのあり方、そしてそのなかでのメンバーの働き方について、今後どこを目指していくのでしょうか?
永見 昭和的な価値観ともいえる、「企業が上で社員が下」というような意識はもうないと思っています。基本は、会社と役職員が対等な立場で、お互いに高め合う関係であるべきです。その時、会社が提供できる価値として意味報酬―つまり、会社としてのビジョンの実現の一部になることで、メンバーもまた社会にとって良いことをしていると思えることが大切と考えます。会社とメンバーが同じ方向を向いて、ESGを追求しなければ意味がないと思うんです。それと同時に、経済報酬も重要でしょう。業界における水準の高い会社でありたいと思いますので、株式報酬などの活用を含め、還元していけるように努力していきたいですね。意味報酬と経済報酬が整っている会社こそ、働きやすい会社ではないでしょうか。
石田 働きやすさの基準は、人や職種によって異なる部分があります。労働時間や福利厚生は必要不可欠ですが、制度だけでは万人にはアプローチできません。仕事への愛着や社会への貢献、メンバー間の信頼関係なども大切になってくると思います。長期的な課題にはなりますが、制度の充実と働きがいがセットになった時、会社とメンバーが向き合って選択できるような環境になっていくはずです。ESGの文脈から、サポートできることを頑張っていきたいです。
森 働きやすさって、それぞれの考えが受け入れられることなんですよね。仕事に対する考えもバラバラで、成長したいと思う人もいれば、今やっていることをやり続けたいという人もいる。それを、会社として受け入れられるかどうか。ここで働くことの価値観をそれぞれ感じてもらい、それを否定しない会社でいてほしいですね。
宇都宮 価値観を尊重することは大切ですよね。ラクスルは、これからどんどん成長していく会社なので、時には背伸びをする必要があると思います。短期的に一番簡単なのは、右向け右でひとつの目標に向かって進むことかもしれませんが、それでは同じ価値観を持った人しか会社に残りません。それぞれの価値観を尊重しながら成長するのは簡単ではありませんが、ラクスルは難しい舵取りができる会社だと思っています。それぞれの個性や価値観を生かせる会社になれば素敵ですし、結果として事業も大きく成長できるのではないでしょうか。