RAKSULの企業価値を最大化していくために。外資系投資銀行、データサイエンス系事業会社を経たCFO杉山のキャリアと今後の展望
ラクスル株式会社 上級執行役員 グループCFO
杉山 賢
Masaru Sugiyama
2010年、早稲田大学国際教養学部を卒業後、新卒でゴールドマン・サックス証券株式会社に入社。投資調査部門にて、セルサイドアナリスト業務に従事。2020年に株式会社サイカへ転職し、取締役CFO兼コーポレート本部長として、コーポレート機能拡大を統括。2023年11月、ラクスル株式会社に入社。CFOに就任。
RAKSULの印刷事業に惚れ、アナリスト時代から経営に注目していた
――杉山さんのこれまでのキャリアについて伺います。大学進学を機に日本に帰国し、新卒ではゴールドマン・サックス証券株式会社(以降、GS)に入社していますね。
子どものときにアメリカに住んでいて、大学進学を機に日本に帰ってきました。学生時代から金融の道を志していたわけではありませんでしたが、“偶然”参加したインターンシップがGSの投資調査部だったんです。そこでアナリストが、ある会社や産業が3年後、5年後、10年後にどのような成長をするかを、世界の状況を見ながら考えていくような仕事だと知り、とても興味を持ちました。金融が好きというよりは、アイデアをつくっていくというプロセスに魅力を感じました。
大学を卒業して新卒でGSに入社。投資調査部門に配属され、セルサイドアナリスト業務を10年間行いました。私はインターネットやゲーム、メディアなどの日本株の担当で、任天堂やソニーなどさまざまな会社や産業の長期的な予想をして、機関投資家に対してレポートを書いて推奨する仕事をしていました。
実は、RAKSUL創業者の松本さんとは20代の頃に“偶然”出会い、アナリスト時代にも関わりを持つことになるのですが、その話は後にしましょうか。きっと以降の話につながっていくと思うので。
――松本さんとの出会い……そのお話も楽しみにしつつ、GSから株式会社サイカ(以降、サイカ)へ転職した理由は何だったのでしょうか?
サイカはデータサイエンスとマーケティングを主軸とした事業会社で、私は2020年から3年ほどCFOとコーポレート部門の責任者を兼任していました。従業員数が約50名の規模から100名を超えるところまで、コーポレート組織をつくって拡大する経験もしましたね。
GS時代、日本で一番おもしろいと思っているセクターをリサーチして、いろいろなアイデアをつくってきました。その仕事はとてもワクワクするものでしたが、どうしても“他所の会社の話”をすることに終始していたんですよね。GSの人として「〇〇社はどうあるべきか」という話をしているものの、自分が数字の責任を背負っているわけではない。こうした状況から、いつかは責任を負う側に行きたいという思いを抱いていました。
また、サイカはデータサイエンスの力で、世の中にある普遍的なもの、概念的なものを数字にできるのが魅力だと感じていました。具体的に言うと、私はクリエイティビティを数字にすることに興味があったんですよね。日本において最も価値のある産業のひとつに、さまざまなキャラクターのIPがありますが、その価値はなかなか数値化がしにくいもの。たとえば、ジブリ作品がなぜおもしろいのか、このアニメがなぜこんなに見られたのか……これらを数字にするのはすごく難しい。それを解き明かす会社がサイカだったんです。
――サイカでCFOとして約3年間活躍した後、2023年11月に当社へ参画されています。その経緯を教えていただけますか?
RAKSULが上場したときから、私はアナリストとして当社へ取材に来ていましたし、創業者の松本さんやCEOの永見さんとはよく話す間柄で、昔からつながりがありました。
私はRAKSULで印刷事業が始まったときから、その構想にとても興味を持っていました。「日本の社会的な課題に対してテクノロジーを持ち込み、産業構造を変革して市場をつくっていく」という発想は、私が元々見ていたセクターの中でも特に魅力的なストーリーだと思いましたし、将来性があることだと評価していましたね。印刷事業の「ラクスル」に続いて、物流事業の「ハコベル」や広告事業の「ノバセル」、コーポレートIT事業の「ジョーシス」と内製で次々に事業を立ち上げたり、子会社化やJV化などのコーポレートアクションを実施したり……こうした一つひとつの経営判断がすごく好きで、RAKSULをもっと伸ばす方法を一緒に考えられたらと思い描いていました。
そんなときに、松本さんから永見さんへと社長交代をすることになります。RAKSULにとっては必然でも、私にとってこれは“偶然”の出来事。「空いたところ、私がやります」と自分から反射的に声をかけました。
永見さんは業界でも有名なCFOでさまざまな実績を積み上げてきた人だと理解していました。何よりも非常にすばらしい方だとも知っています。その後任というのはハードルが高いと感じましたが、それ以上にRAKSULでチャレンジしたいと思いましたし、永見さんがまだやっていなくて、私にできることがきっとあるんじゃないか、と思って当社に参画しました。
――とても興味深い入社経緯ですね。転職先に選んだのがIPO前のスタートアップ企業ではなく、なぜRAKSULだったのでしょうか?
上場前のスタートアップ企業も非常に魅力があると思っています。ただ、私は当社が上場後だから来たというよりは、昔から注目していたRAKSULだから来たかったんですよね。
そうは言っても、上場している企業の方がCFOとして取り組めることがたくさんあるという事実はお伝えしたいです。調達したり配分したりする会社のリソースが、上場企業の方が圧倒的に多い。また、対峙する投資家の人数が多く、株式がトレードされる頻度も上がります。CFOとして担える責任の範囲が上場企業の方がより広いですね。
RAKSULは「会社ドリブンの成長」が必要なタイミングにある
――杉山さんのキャリアを振り返ると、「客観的な見方を示していく」というGS時代の経験が際立っているように感じますが、自身の強みは何だと考えていますか?
3つあると思っています。1つめは、既存の制約を取り払って新しいアイデアを考えること。私はいま置かれている状況や制約条件下で、その先にある景色を描いたり見に行ったりすることを常に大切にしています。当社のCFOとしても、意識して積極的に取り組んでいきたいです。
また、「会社ドリブンの成長」が必要なタイミングに来ている当社にとって、先々の景色を描いていく重要性はますます高まっていると思います。これまでRAKSULは、ゼロイチで複数の事業を立ち上げて拡大させていくことで、圧倒的な成長を遂げてきました。年々大きな会社になり、財務的な余裕も生まれてきた現在、さらなる非連続成長を実現するための構想を柔軟に形づくり、さまざまなコーポレートアクションを実行していくフェーズに変化してきました。当社が掲げるM&A戦略の推進もそのひとつですね。
――強みの2つめを伺えますか?
前述した「既存の制約を取り払って考えた新しいアイデア」をストーリーとして伝えていくのが得意です。いま当社が置かれている状況やこれからやっていきたいことなどをつなぎ、分かりやすく説明すること。10年間の経験を通じて磨き込んできた知見やスキルを、今後もより発揮していけたらと思います。
――ストーリーとして伝えていくのはGS時代の専門領域ですね。3つめの強みとは?
「偶然をものにする力」ですね。人生は、その時々にベストな選択をし続けていくことで、希望の方向へ進んでいくと思っています。たとえば私がRAKSULに入社したのも、松本さんと永見さんの社長交代と、タイミングが上手く合ったからこそ。これも偶然です。
冒頭で、「松本さんとは学生時代に“偶然”出会った」と話しました。私が社会人2年目のとき、当時の彼女と一緒に知人のホームパーティに行ったんです。私が彼女と皿洗いをしていたとき、そこで“偶然”一緒に皿を洗っていたのが松本さんでした。当時はお互い20代で、そこでいろいろな話題で盛り上がったんです。また、当時の彼女、いまの妻とは学生時代のビジネスコンテストで出会ったんですが、そのコンテストは松本さんが立ち上げた団体で……!
松本さんが団体をつくらなければ妻にも出会っていないし、そもそもパーティにも行っていないから松本さんとも知り合えていない。さらに、私はビジネスコンテストに優勝した結果をアピールしてGSに就職したので、もしかしたらGSで働いていないかもしれない。こうした経験があるので、私は偶然の出会いの重なりが人生をつくるのだと確信しています。
本当の意味で、RAKSULの企業価値を最大化する選択をしていきたい
――ここから現在について伺います。杉山さんの任務を教えていただけますか?
私のミッションは「ラクスルの企業価値を最大化すること」「会社が成長するために必要な財務のリソースを獲得すること」の大きくふたつです。
前者は、明確なエクイティストーリーをつくっていき、投資家の皆さまに丁寧に伝えていくことや、当社と長期的にお付き合いしていただける投資家を呼び込み、企業価値を大きくしていくことを指します。
後者は、デットやエクイティなどいろいろな手法がありますが、「会社ドリブンな成長」という意味では、事業の中だけでは見出せないストラクチャーを考えながら、会社の成長を実現していくことです。
――「RAKSULの企業価値最大化」について。前職時代もCFOでしたが、当時との違いや特に注力することはありますか?
上場しているか否かの最大の違いは、毎日株価がつき、誰でも株主になれること。したがって会社を見てくれる投資家が格段に多いです。いまの株主だけでなく、潜在的な株主も含めて、マーケットに対して会社の成長する姿を伝えていく必要があると考えています。また、IR情報は株主だけが見ているわけではありません。採用候補者や社員の家族なども見ているでしょう。そういう意味では、意識するところが変わったと感じています。
――杉山さんがRAKSULに来て半年ほどが経ちました。入社して感じる当社ならではの特徴やカルチャー、転職後に感じたギャップなどはありますか?
当社が掲げるビジョンと、行動指針である「RAKSUL Style」が従業員にすごく浸透していることには感動しました。たとえば、新規事業が立ち上がるときに、あらゆる場面で「これは、世界をより良くしていくための仕組みにつながっているのか」という問いをみんなが立てているように感じます。「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」というビジョンの浸透度合いを本当に尊敬するし、今後も浸透に注力し続けられたらと思っています。
また、日々の業務を通じて「解像度」という言葉の登場頻度がかなり多かったり、情報共有の透明性が高かったり、チームワークが強固だったりと、大切にしている価値観が全社できちんと共有されていることは大きな強みだと感じています。いまのRAKSULを築いてきたメンバー一人ひとりの努力の賜物だと思います。
――杉山さんの思考についても教えてください。大切にしている考えはありますか?
中学生のときに出会った言葉で、聖書に好きな一文があります。
You are the light of the world. A town built on a hill cannot be hidden.
(あなたは丘に建てられた街であり、隠れることができません)
世界の模範となれ、世界をもっと良くするために日々を生きなさい……という意味だと解釈しているのですが、とても大切なことだと思っているし、まさに我々の掲げるビジョンとも共通する部分がありますよね。
「世界をもっと良くするために、日々の決断をできていますか?」「あなたは見られているよ」これらを常に自問していきたいと思っています。
当社では、5月に今年の統合報告書を出しました。そこで大切にしているのが、サステナビリティの活動が本当の意味での持続可能性に繋がっていること、また本当の意味でRAKSULの企業価値に繋がっていること、この2つです。表面上だけ良さそうなことをしても、本当の意味での善には必ずしもつながっていない――これを肝に銘じて日々成長していきたいです。
――CFOとしての今後の展望について教えてください。
CFOとしては「どのようなコーポレートアクションを通じて、当社を前に進めていくのか」に、徹底的にフォーカスしていきます。当社は強いオーガニック成長に加え、M&Aやその他のさまざまなストラクチャーを使って、より多くのお客さまに対していまの当社が持つ付加価値、未来の付加価値を届けていこうとしています。私は進む未来に向けてリソースを調達し、正しい配分をしていくことに尽力していきます。
――杉山さん自身の今後の展望もお聞かせください。
私のキャリアはRAKSULの成長とともにあると思っています。当社を日本や世界を代表する、ビジネスでの取引をスムーズにする受発注プラットフォームにしていけるように牽引したい。これに尽きますね。
――最後に、CFOになりたい人やこれから目指したい人はどういうキャリアを歩めばいいと考えますか?
私は今までの仕事のなかで、数多くの優秀なCFOの方々と対峙してきました。優秀なCFOとは、社会やマーケットの期待値を知りつつ、期待値をつくりながら、事業にそれをトランスレーションしている人だと思っています。単純に期待値を受けるだけでなく、醸成する。また、オピニオンリーダーのように、ストーリーをつくって、伝えて、社会やマーケットの期待に応える。そのプロセスを事業側と一緒になってできる人です。
ではどういうキャリアを歩むと良いのか。私はいろいろな選択肢や道筋があることこそが、日本に優秀なCFOが増えていくことにつながると思っているので、特段パターン化して絞る必要はないと考えています。ひとつ言えるのは、「新しいものごとを考える」というプロセスを金融でも事業でも経験している人の方が、CFOとして力強く価値を発揮できるのではないかということです。
当社は若いうちからいろいろな仕事を任せてもらえるし、若手のうちに事業責任者になることもある。コーポレートとビジネスが近い距離にあるので、会社の仕組みも理解しやすい環境です。そういう意味でも、働く意義を実感いただける会社だと思っています。