
freee・ラクスル × Takramが語る、スタートアップにおけるデザイン経営のあり方

ブランド構築やイノベーションの創出にデザインの力を活用する「デザイン経営」が近年注目を集めています。2018年には経済産業省・特許庁が「デザイン経営宣言」においてその効果や具体的な取り組みについて紹介しました。

この「デザイン経営宣言」の取りまとめに参加していたのが、デザイン・イノベーション・ファームTakram代表の田川欣哉さん。2021年9月29日、その田川さんをモデレーターにお迎えしてデザイン経営について考えるセミナー「freee・ラクスル × Takramが語る、スタートアップにおけるデザイン経営の在り方」がオンラインで開催されました。
BtoB向けSaaSプラットフォームを提供するスタートアップであるfreeeとラクスル。
両社は昨年、ともに大規模なリブランディングとデザイン組織の再構築を行いました。その両社のプロジェクトに参画したのがTakramなのです。
freeeとラクスルはどんな課題でデザイン経営と向き合い、どんな成果を出すことができたのでしょうか?
「ブランドコア」の発見・言語化がリブランディングのカギに
freeeの事例紹介を担当したのは、ブランドマネージャーの銭谷侑さん。
社内でデザイン組織を新たに立ち上げたきっかけは、プロタクトとマーケティングが別々にデザインチームを抱え、双方のデザインが分断されていたことだと言います。
「さらにfreeeの全社体験としてのブランドの指針や、デザインフィロソフィーも確立されていませんでした。またブランドオーナーであるCEO(佐々木大輔氏)が描くブランドの世界観をしっかり言語化する必要性も感じていました。」
そしてTakramとタッグを組んでリブランディングプロジェクトを発足。
社内にはCEO直轄のデザイン組織「freee brand studio」を立ち上げ、分断されていたプロダクト・マーケティングそれぞれのデザイチームと連携を図るとともに、前述の課題解決に取り組むことになりました。
このプロジェクトの要点と成果は、大まかに「抽象」と「具体」に分けられると銭谷さんは言います。
「『抽象』はブランドの核となる『ブランドコア』の開発や、ブランドやデザイン周りの概念をブランドストラクチャーとしてまとめたり整理することが目的です。そして『具体』ではVI(ビジュアル・アイデンティティ)やブランドアセットを開発したり、freeeのブランドデザインシステムの構築を目指しました。」
プロジェクトの大きなターニングポイントとなったのは、ブランドコアの言語化。
多くの企業と同様に、freeeにもミッション・ビジョン・バリューの定義がありました。
「freeeはマジ価値(ユーザーにとって本質的な価値があるもの)を届けきる集団である」という社内カルチャーもありましたが、その先に「ユーザーにどう感じてもらいたいか」という指針がなかったのです。
プロジェクトチームは「freeeらしいユーザー体験とは何か?」をとことん突き詰めました。そして挙がってきた膨大なキーワードをマッピングした結果、freeeのブランドコアを形成する3つのキーワードが浮かびあがったのです。
「それが『解放』『自然体』『ちょっとした楽しさ』でした。この3つの体験に共通するものが社名の由来でもあるフリー、つまりスモールビジネスに携わる人を『自由』にすることなのです。」
このブランドコアの発見と言語化で、その他の領域の開発や「具象」のプロセスも大きく前進しました。
例えばVIは3つのブランドコアを体現したデザインに刷新。シンボルのツバメやイメージイラストもルールの中で自由に動かせるものになりました。

そして予定通りfreeeのブランドフィロソフィーやさまざまなアセットはブランドデザインシステムとしてまとめて、ブランドサイトとしてWebサイトで公開することに。
freeeのデザインを理解するために必要なものはすべてこのサイトを通じて提供できるため、今後新たなデザインを作成する際も大幅な生産性向上が期待できます。
また社内にはデザイン組織とは別に、セールス、サポート、コミュニケーションなど社内の全ファンクションでブランドコアを具現化するためのプロジェクトが発足したそうです。
銭谷さんはこれを以下のように振り返りました。
「デザイン組織だけがブランドを作るのではなく、会社全体でブランドを作ろうとする動きが出てきました。この成果は、中長期的にさらに大きなインパクトを生むと思います。」
もっと語れる、もっと伝わる。新たなVIの構築へ。
続いてラクスルでの事例紹介をCPOの水島壮太さんが担当しました。
ラクスルの横断組織であるデザイン推進室「https://brand.raksul.com/」の立ち上げには、デザイナー不足による開発遅延が顕在化したという背景がありました。当時のラクスルには横断的なデザイン組織がなく、3つの事業部(当時)のプロダクト開発部の下位組織にデザイナーが在籍していたそうです。
「事業のフェーズもそれぞれ異なるんです。ラクスルには数名のデザイナーチームがありましたが、別の事業部は1名だけの“ぼっちデザイナー”。事業コミットが高いものの、疲弊して離職するケースが後を絶ちませんでした。」
そこでTakramの田川さんに相談し、ラクスルでもデザイン組織の立ち上げとリブランディングプロジェクトがスタート。そして新たに誕生したのが「デザイン推進室」でした。
「全社統括組織としてデザイナーの採用や評価を管理するほか、成長機会のバラツキを軽減するローテーションの仕組みを作りました。各事業へのアサインは基本的に変えていませんが、この組織によってデザイナーの心理的安全性を担保しています。散発的で統一感のなかったタスクも全社的にコントロールすることが可能になりました。」
「推進室」という部署名には、単にデザイナーが所属するための組織ではなく、全社的にデザインリテラシーを向上させて、デザイン思考をビジネスに取り入れるよう啓蒙する意図が込められているそうです。
そしてデザイン推進室がもつObjectiveには、「ラクスルをカッコよくする」という明確なミッションがファーストプライオリティとして盛り込まれました。そこでロゴのリニューアル、VI構築への取り組みが始まります。
「最初のプロセスではfreeeさんと同様、ブランドコアを言語化する作業に取り組みました。また、ちょうど同じ時期に採用活動が活発化していたので、社内カルチャーを改めて見直すプロジェクトが始まっていたんですね。そこでラクスルのカルチャーにまつわるキーワードがたくさん集まったので、それらを元にロゴのアイデアも膨らませていきました。」
刷新された新しいロゴでは、創業時から使用している「R」の文字のモチーフを継承。これは1445年にグーテンベルクが発明した活版印刷で最初に用いられたB42という書体です。印刷が文明の前進に寄与したように、500年の時を超えて印刷の産業構造にイノベーションを起こそう。そんな創業者の思いが込められています。
ロゴマークは適切に抽象化され、外枠の二重線も単線に。視認性と展開性が向上しました。サービスや品質の安定感が伝わるようにロゴはすべて大文字になるとともに、書体の丸みや余白で親しみやすさやオープンなイメージを表現しました。
「先日のこのロゴを公開したところ、ロゴに込められたブランドストーリーがよく理解できた、というコメントをたくさんいただきました。会社のストーリーや創業者の思いが新しいVIによって非常に効果的に伝わっている、と社内でも強く実感しています。」

これから取り組んでいく課題としては、社内に4つあるサービスの事業ロゴとブランディング、そして全社におけるデザイン能力の開発を挙げた水島さん。また、それが実現した際の能力評価をどうするか、現在拡大中の海外開発拠点とデザイナーをどうコラボレーションしていくかについても、早急に取り組む必要があると言います。
「課題はまだまだ多いのですが、デザイン推進室として取り組み甲斐のあるものばかりで、非常におもしろいフェーズになってきたと思います。自分も一緒にやってみたいという人がいたら、どんどん声をかけてほしいですね。」
「デザイン組織の価値や必要性」を、どう伝える?
セミナー後半では、田川さんやオーディエンスからの質問に銭谷さん・水島さんが回答する形式でディスカッションが行われました。いくつかハイライトでご紹介します。

Q. 創業者や経営陣がデザイン経営の必要性を理解し、協力してもらうためにはどうすればよいか?
銭谷「ひとつは “なぜデザインやブランドに投資をするか” という課題意識を共有することですね。BtoBサービスもいまや機能は当たり前で、デザインやブランド力がないと戦えなくなっています。その危機意識をしっかり共有しました。
もうひとつは企業カルチャーに紐づけること。freeeでいうと“デザインはマジ価値を届けきるための新たなインフラです” と言うと、経営者も俄然乗り気になってくれました。」
水島「現場のデザイナーと経営陣がいきなり話し合っても、やはり力の差がありますよね。CPOなりCXOのような役割で話せる人がファシリテーターとして間に入ることで、現場の意見に経営目線を盛り込んだり、ときには経営陣に反論したり説得したりできるのではないでしょうか。そういう “橋渡し役” がいればフラットな議論ができると思います。」
Q. デザイン組織が発揮する価値を可視化したりロジックで説明するにはどうすればよいか?
銭谷「ロジックとエモーションの両輪で説明します。ロジックでよく喩えに用いているのが、デザインはPLではなくBSだということ。デザインシステムを5年使うとすれば、それにともなって上がる生産性5年分の価値、つまり会社にとっての資産を作っているという話をします。
いっぽうエモーションでは “ロジックで判断できないことを判断するために経営陣がいるんですよね?” と言います(笑)。ブランドや企業の個性を尖らせるためには、どこかでフレイジーで振り切った投資をする必要がある。それをどこでやりますか、と問いますね。」
水島「ラクスルではデザイン組織の拡大ができていない、という課題に対して立ち上がった組織なので、組織をどれだけ拡大できたかがひとつのKPIになりますね。例えば予算に見合うだけのデザイナーの採用ができたか、デザインの質が伴っているか、などが判断材料になると思います。また各事業のプロダクトチームにはOKRがあって、当然そこにデザイナーもコミットしていますから、そこでの貢献度も測られるべきですよね。
またラクスルには戦略投資枠といって、CEOの意思や経営判断が反映される予算枠があり、今回のロゴ刷新への投資はそこから充てられています。やはりROIだけでは語れない世界だからこそ、リーダーがその未来図を描き、社員に語る必要があるのではないでしょうか。」
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